陰抱き沢瀉
家紋『陰抱き沢瀉』は、オモダカ科の多年生植物である『オモダカ』の主に葉の部分をかたどった家紋種類の一群である沢瀉紋の一種です。
沢瀉紋の元になったオモダカについて
オモダカは、水田や沼地、沢などといった湿地に自生する抽水性の植物ですが、その特徴は何と言っても「葉身の根本を中心として、3方向へと放射状に伸長する」という大変珍しい特性を有するその『葉』にあります。
その印象的な形状は、古来より弓矢の「鏃(やじり)」を思わせるものであったことから、特に武士層から「勝軍草(かちいくさ)」と縁起担ぎされたと言います。
それ故か、家紋としても武士階級に使用が多く、今日においても広い普及が見られる家紋の一つとなっているわけです。
オモダカが家紋へと至った背景とは?
こうした「奇妙な形の葉」が古代の日本社会においても人々の注意を引いたのか、オモダカは早くから『沢瀉文様』として「意匠(ビジュアル)化」されていたことが分かっています。
沢瀉紋の前身ともいえる沢瀉文様と古代日本社会との関わりについて
『餝抄』や『大要抄』といった故実関連の史料によると、清華家の名門公家である「久我家」のほか、「藤原季経・経家・季能」(六条藤家)などが沢瀉文様を車文に用いたことが確認できます。
一方、当時の武家社会の様子を今に伝える『平治物語』『平家物語』『源平盛衰記』といった軍記物語には、「直垂」や「甲冑」に沢瀉文様が用いられている様子が描写されています。※甲冑では、オモダカの葉を「色違いの縅(おどし)糸を用いた三角形の模様で表現した。これを「沢瀉(縅)」と呼んだ。
武家のパブリックな活動の象徴とも言える「甲冑」や、私的な装束である「直垂」に沢瀉文様が用いられていた事実を鑑みるに、彼らにとってのオモダカは、公(甲冑)私(直垂)にわたる営みに深く根ざした存在だったと言えそうです。
対して、公家社会における沢瀉文様が一部貴族による車文への使用などにとどまった事実を考えると、公家の営みにおけるオモダカという存在の浸透度は、限定的であったと言えるのかもしれません。
オモダカが武家に重んじられた背景
弓矢の鏃を思わせる形状の葉を持つオモダカを武士が特別視したのは、古来より武家社会には「弓矢は武の象徴」というトラディショナルな価値観が深く刻み込まれていたからに他なりません。
これは、古代の武官や平安・鎌倉武士が重んじた技能の第一は(槍でも刀でもなく)『弓矢』であったことに端を発しおり、今川義元や徳川家康をして「海道一の弓取り(東海道随一の武将)」と称したように、後世においてもなお、「弓取り」という語が「武士そのもの」を指していた事実からも窺い知ることができます。
このような背景が、のちのオモダカの紋章(家紋)化を促し、そして武家を中心とした広範な普及へと繋がっていったと考えて良いのではないでしょうか。
沢瀉紋の著名な使用例
『長倉追罰記』に「椎名カヲモタカ(←椎名氏が沢瀉)」とあるように、「越中・新川分郡守護代の椎名氏」が当時、沢瀉紋を使用しましたが、これが沢瀉の家紋の史料上の初出とされているようです。
実は豊臣秀吉とつながりの深い紋章だった?
これ以降、沢瀉紋を使用する武家が史料上でも頻出しますが、それらのうち、著名な例をいくつか挙げると以下のようになります。
まず、「豊後日出藩主・木下家」の『木下沢瀉』、「安芸広島藩主・浅野家」の『半開き扇に沢瀉(浅野扇)』(替紋)、福島正則の『福島沢瀉』、また陣旗では、関白・豊臣秀次が沢瀉紋を使用するなど、豊臣秀吉の親族に多く使用される例が確認されています。
この事から、秀吉自身も桐紋を使用する以前は、沢瀉紋の使用であったとする説もあるようです。
中国地方の武家の名門・毛利氏と沢瀉紋
また、安芸の一地方豪族に過ぎなかった毛利氏を山陽・山陰道の太守へと押し上げた稀代の謀将・毛利元就も『長門抱き沢瀉』(替紋)を使用しました。
毛利氏の沢瀉紋の由来には、「ある合戦の折り、オモダカ(勝軍草)にトンボ(勝ち虫)がとまっているのを目にした元就が、「勝利は疑いなし」と自軍を鼓舞し、勝利したことにちなんだ」とする伝承が伝わっているようです。
幕藩体制下でも大きな広がりを見せた沢瀉紋
さらに、徳川家康の母の実家であることに加えて、将軍家譜代待遇の家柄であり、水野忠邦など3名の老中を始め、多くの幕閣を輩出した水野氏(「下総・結城藩主」家、「出羽・山形藩主」家など)の一族も沢瀉紋の使用で知られます。
その他、下総・古河藩主「土井家」、志摩・鳥羽藩「稲垣家」、豊前・中津藩「奥平家」など、幕府直臣の大名・旗本に限っても100家以上の武家に沢瀉紋の使用が見られるようです。
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