【完全版】陰紋とは何か?礼装における日向紋との関係も合わせて徹底解説!

『陰紋=かげもん』『日向紋=ひなたもん』とは、家紋用語の一種です。

この2つの用語は、それぞれがそれぞれに対して『表裏一体』ともいうべき関係性となっていますので、今回はこれら2つを順に解説してみたいと思います。

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『陰紋』とは?

まずは『陰紋』から見ていきましょう。陰紋とは、簡単に言えば『家紋を輪郭線のみで表現したもの』のことです。

ビジュアルでも確認してみましょう。下の画像をご覧ください。

日向紋と陰紋の違いを片喰紋を例にとって図解。

ご覧のように『家紋を輪郭線のみで表現したもの』とは、右側のような状態をいい、こういう表現の家紋を『陰紋』といいます。

それに対して左側は、家紋の通常(『線』ではなく『面』)の表現となります。画像でも示している通り、これを(とくにきものの業界では)『日向紋』と呼んでいます。端的に両者の違いを表現すると、『面を塗る』のと『線で描く』といったところでしょうか。

そもそも「日向紋」などという概念は存在しなかった。

まずは「陰紋の解説から」のつもりが、早くも『日向紋とはなにか』についても明らかになってしまいました。

しかしここまでのところで、日向紋とはどういうものかを”単一”で説明するのは、けっこう難しいのがお分かりいただけると思います。

日向紋を一言でいうなら『陰紋ではないもの』という表現が非常にしっくり来るように、日向紋とは”陰紋の存在ありき”の概念だからです。

陰紋という存在がなければ、”正規表現”の家紋に、わざわざ改めて”日向”紋などと名づける必要はどこにもありません。

そういった意味では、この2つの概念は互いに対の関係にあるといえますし、最初に述べた『表裏一体』とはこのことを指していたりします。

このあとも引き続いて、陰紋について掘り下げていきましょう。

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略式の表現ながら存在感を増していく陰紋

しかし、この『輪郭線のみの家紋』という存在がいつ・どこから生まれたものなのかは、残念ながら定かではありません。

ただ、家紋が必要とされる場面であっても、その全てにおいて、キレイに『塗り』までほどこした”正規の表現”が求められたわけではないでしょう。要は『その家紋』だとわかればいいという状況も多々あったに違いありません。

そういう場においては、『輪郭線のみで間に合わせた』家紋も登場したであろうし、長い家紋の歴史において、それが幾度も繰り返されることで、次第に認知を得て、やがて『正式』な家紋に対する『略式』の家紋として、徐々に世に浸透していったとも考えられます。

この正式と略式という認識は、現代においても受け継がれていますが、正・略関係なく、地色(紋を入れる対象物の色・例えば旗やちょうちんの色など)との見た目のバランスの都合で陰紋を用いる場合もあるようです。また、地域によっては女紋としての活用でも知られています。

『目立たない』という特徴を『控え目』の演出に利用。

家紋の歴史において、必要に応じて利用されていた(であろう)『線で紋章を表現する』という手法ですが、いつの頃からか、これを正式な紋に対する『陰』の存在と見立てて、元の紋章より『目立たない』という意味合いで捉えられるようになっていったようです。

確かに、図形として面(塗り)という概念のある日向紋よりは、図形の輪郭線のみで表現された陰紋の方が、視覚的に目立たないという考え方は分からなくもありません。

現代では、主に家紋の通常の表現(日向紋)に対して「目立ってはいけない・控えめにしたい」という状況に対応するために利用される表現方法となっています。

紋を『強調する』のか『控える』のかという、このような価値観は、やがて時と場合に応じて、家紋の『正』『略』を使い分けるという慣習へとつながっていきます。要するに、各ステージに合わせた『格』の高低差を設ける際に、こういった日向・陰の概念が用いられているわけです。

しかし、単純な『陰陽』の2階調のみで、『格の高低』が決まったわけではありません。こちらも以下で解説しましょう。

線の太さの秘密。

というのもこの陰紋、実はその種類は一つではなく、輪郭線の太さにより「陰=かげ」「中陰=ちゅうかげ」「細中陰=ほそちゅうかげ」「太陰=ふとかげ」などに、さらに分類されるのです。

片喰紋種の中陰・細中陰・太中陰の画像。

この輪郭線の太さの違いが意味するところは、日向紋に対する”控えめさ”の度合いです。

日向紋より控えめの表現である陰紋が、その略式として扱われるように、同じ陰紋であっても描かれる線が細く目立たなくなるほど、より略式の表現となります。逆に輪郭線が太く、図形の面積が日向紋に近づくものほど、高い格として扱われるというわけです。

陰紋における格式を順に並べてみると『太陰→太中陰→中陰→細中陰→陰→細陰』となりますが、実際の使用は『中陰』『陰』『細陰』にほぼ集中するようです。このような考え方が、最も影響を与える分野といえば、いわゆる「ハレの場」の服飾に携わる業界でしょうか。

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日向紋・陰紋と和の礼装の関係。

ハレの場の装いといえば、古くから日本ではハレ(晴れ)着と呼ばれる事で知られています。現代に伝わるハレ着といえば、男性は『紋付羽織袴』、女性であれば『黒留袖』や『振袖』『喪服』などがよく知られるところでしょうか。

和風の正礼装である紋付羽織袴と黒留袖。必ず日向紋が入る。

同じ和装であっても『略礼装』や『普段着』となると、女性なら『(場合によっては)色留袖』や『訪問着』『色無地』などの種類があり、男性の場合は、単に素材の違いや『着流し』など羽織をはおらない事などで、装いの格に違いを出すようです。

色留袖と訪問着。どちらも略礼装と普段着の境目は、陰紋付きであるかどうか。

しかしそういった要素以外にも、和装における『正・略』の格付けに決定的な影響を与える要素があります。それが家紋における『日向・陰』(さらに陰紋の種類における格の序列)の概念なのです。

それではここで、家紋の入れ方よって和礼装の格付けに、どのような影響が及ぶのかを具体的に紹介してみます。

日向紋・陰紋による和装の格付けの実際。

和装において、衣装に家紋が入る・入らない、またはその入り方はとても重大な要素で、紋なしであれば衣装の種類を問わず、普段着の扱いとなり、フォーマルな場の衣装としては、全く適さなくなるようです。

どのような衣装に、どのような家紋の入れ方をするかによって、その衣装の格はまちまちになりますが、いわゆる『正礼装』として扱われるには、まず入れる紋の種類が必ず『日向紋』である事が絶対条件になります。

そして紋の入る位置は、男女ともに後襟・両袖・両胸の5ヶ所で、地色(染色前の生地の色)に染め抜かれている必要があります。『五つ紋付き』の日向紋であっても、染め抜きではなく刺繍であれば、正礼装とはみなされません。

さらに言えば、着物の種類や紋の入る数、染め抜きや刺繍にかかわらず『陰紋』が入った時点で、その衣装は全て略礼扱いとされてしまうというわけです。

中陰紋や陰紋が活躍するシーンとは?

とは言え、この正礼装を着用する機会は、現代ではそれほど多くはありません。たとえ個人レベルにおける一大行事である結婚式であっても、正礼装は当事者・もしくはかなり親しい親族のみが着用するのが一般的です。ゲストの立場で着用するものでは普通ありません。

そのため、着物の出番となる『お茶会』や『知り合いの』結婚式などの機会を考えれば、略礼装の方が出番が多くなりがちです。こういった場面では、『陰紋』を色留袖や訪問着に一つでも入れておけば、『略礼装』として扱われるので、陰紋は『しゃれ紋』と呼ばれる事もあるようです。

このように、現代において日向紋や陰紋という概念が最も大きな影響を及ぼすのは、事実上、このお着物の業界だと言える事がわかっていただけたかと思います。

家紋の陰・日向は、家紋文化が成熟してから重要視されるようになった概念

ただ、『陰・日向』の概念が確立し、格付けの高低に利用されるといった慣習は、常に長い家紋の歴史と共にあったというわけではありません。

それらの慣習が現在のような形になったのは、当初は武士などの特権階級の文化であった家紋が、一般庶民に広がった江戸時代以降だと考えられます。※家紋が一般庶民に広がった要因については長くなるのでここでは述べません。

この頃から庶民の間にも、葬儀や結納などの格式ある行事の衣装に、紋を入れる風習が始まったといいます。

こんにち知られている和服にまつわる文化の原型は、とくにこの時代に形作られたものであるという事実を考えれば、現在のきもの業界に根付いている陰紋・日向紋における概念は、比較的新しいものだといえそうですね。

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裏紋と呼ばれる事について。

家紋の正式な表現である日向紋を『表』と見立てて、略式の表現である陰紋を「裏紋=うらもん」と呼ぶケースも有ります。ただし、陰紋はあくまで裏紋に”含まれ”るということであって、単純に『陰紋=裏紋』というわけではありません。

本来『裏紋』とは『替え紋=かえもん』の別称で、替え紋とは『定紋=じょうもん』の代わりに用いる紋の総称です。

例えば、主筋から何らかの紋を賜ったり、敵方から奪い取るなどして、一家でいくつもの家紋を保有した場合、その家を代表する家紋として定めたもの「以外の全て」を言い、補助的・または非公式に用いられるものです。

“定紋”以外のすべてが『家紋を輪郭線のみで表現したもの』とは限りませんよね?(しかもレアケースながら、定紋に陰紋を据えている家系も存在するくらいです。)

ちなみに、替え紋には「裏紋」の他に「別紋」「控え紋」「副紋」などの呼び名があります。

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本来、正式な紋とはされないものですが…

これまで見て来たように陰紋とは、『いわゆる日向紋』の表現方法を変えただけのものであるため、本来、家紋の種類としてカウントするべきものではないはずです。

しかし現実には、きもの業界などで用いられる家紋の一覧がまとめられた『紋帖』に、『いわゆる日向紋』に混じってさまざまな『陰紋』が記載されていたりします。

また、子弟が分家を興す際に受け継ぐ家紋は、本家と混同を避けるために『丸で囲う』など、何らかの変形を施す事がありますが、その変形の手段として(本家や主人に遠慮して控えめにするという意味から)陰紋を用いるというケースもあったようです。

前者の場合ですと、そういった紋帖を資料とした書籍やウェブ上の情報に触れる事で、(少なくとも素人目には)一つの独立した家紋として認識してしまうでしょうし、後者のようなケースですと、分家独立したその家系は代々、陰紋を定紋としていく事になります。

このような現実を踏まえますと、必ずしも日向紋と陰紋の垣根は明確とは言えないのかもしれませんね。