文晁桐

文晁桐

文晁桐とは桐紋の一種で、ゴマノハグサ科キリ属の落葉広葉樹である、キリの木の花や葉をモチーフとして図案化した家紋です。

古代中国では、このキリの木には、徳の高い天子の出現を待って姿を見せる事で、瑞鳥とされる架空の生物・鳳凰が棲むという謂れから、大変縁起の良い植物とされていました。

かつての日本でもその伝承が影響してか、当初桐紋は、菊の御紋に並ぶ皇室専用の紋章として使用されていました。

具体的には、皇室の私的な紋章として菊の御紋を用い、桐紋は公的な場で装飾の文様など、政権のシンボルのような形で使用されたようです。定紋は菊の御紋、替紋が桐紋と言ったところでしょうか。

桐紋については、その後、(皇室に対して格別の功績のあった者のみが対象ではあるが)度々の下賜を行った事で公家や武家の中にも広がりを見せるようになりました。代表的なところでは、後醍醐天皇が足利尊氏に、正親町天皇が豊臣秀吉に下賜した例が有名です。

皇室から下賜を受けた有力諸侯は、その自身や政権に対して功績のあった者に、さらなる下賜を行ったケースも有ります。室町将軍家から下賜を受けた織田信長や、関白宣下を受けて後、自らの臣下に対して大盤振る舞いをした豊臣秀吉などがその代表例です。

さらに秀吉などは、自身の施策下での建造物や、大判小判などの通貨などにも桐紋を施させたため、そこかしこで人々の目に触れるようになったそうです。

その後徳川家康にも、朝廷より桐紋の下賜の打診があったそうですが、家康は葵紋の使用に拘ったとされています。桐紋には直近の豊臣政権のイメージが強すぎるのを嫌った為かもしれません。

江戸時代以降は、葵紋以外の紋章使用の規制がなかった為、それまでの経緯から由緒正しいとされた桐紋は、庶民の間でも人気となり、現代においては五三桐紋に代表されるように、一般的な家紋として藤・鷹の羽・片喰・木瓜と並んで、五大紋の一つとされています。

今では一般的な家紋の一つとして親しまれている桐紋ですが、かつては皇室専用紋であったという経緯があり、さらには豊臣秀吉を代表例として、皇室に代わり政治を執った数々の為政者も政権公式の紋章として、用いた事例も多い事が慣習となってか、五七桐紋などは、現在でも内閣総理大臣紋章として利用されるなど、日本の至る所に浸透している大変懐の深い家紋と言えますね。

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