【完全版】「陰紋」とか「中陰紋」とか「日向紋」って何だ?家紋にまつわる用語を徹底解説!

家紋に関する用語として登場する「日向紋=ひなたもん」や「陰紋=かげもん」。替紋、裏紋、通紋、女紋などと同様に、普段、家紋に馴染みのない人にとっては、その意味どころか耳馴染みすらない言葉でしょう。

文字を見れば、何となくイメージが湧きそうに思えますが、それでも「家紋に日向?陰?どういう事?」といった疑問が湧くのではないでしょうか?そこで今回は、これらそれぞれの意味を徹底解説してみたいと思います。

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「日向紋」とは?

「日向紋」とは、簡単に言ってしまえば、その家紋本来の形をそのまま視覚的に表現したものです。また、紋付きの衣料や調度品の「紋入れ」においては、地色に白で染め抜いたものを言います。

日向紋の染め抜きが入った紋付き。日本人男性の和装の第一礼装である。

ただ、”その家紋本来の形をそのまま視覚的に表現したもの”では、何の事やら伝わりにくいと思います。そこで、現在でも比較的よく目にする家紋を、以下のように画像付きで例に挙げると「菊の御紋」「葵の御紋」「五三の桐」などが「日向紋」に当てはまります。

日向紋の中でも代表的な3種。それは家紋の代表的な3種でもある。

他、「橘」「違い鷹の羽」「抱き茗荷」「三つ柏」「木瓜」「下がり藤」といった、有名どころの家紋は全て日向紋と呼ばれるものです。

いまいちピンと来ない?

おそらく、これでもまだ日向紋とは何なのかがピンと来ないと思います。

そこで逆に、”その家紋本来の形をそのまま表現「していない」もの”を考えてみましょう。つまり「日向紋ではないもの」を理解すれば、「日向紋とは何なのか?」の答えに近づけるかもしれません。

そもそも「日向紋」などという概念は存在しなかった。

家紋における「日向紋でないもの」とは、ずばり「陰紋」と呼ばれるものです。では、「陰紋」とは一体どういうものなのでしょうか?ビジュアルで確認すれば一目瞭然だと思いますので、ここでは「片喰紋」の画像を例にとって、日向紋と陰紋の違いを見てみましょう。

日向紋と陰紋の違いを片喰紋を例にとって図解。

このように、例に挙げた片喰紋のような、基本となるデザインがまずあって、その基本の図形を輪郭線のみで表現したものを「陰紋」と呼んでいる事がわかります。そして、基本となるデザインである片喰紋が「日向紋」と呼ばれているというわけです。

つまり、日向紋という概念は、陰紋という存在ありきであり、互いに”対”の関係にあるという事ですね。

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「陰紋」とは?

さて、ここまでのところで、日向紋を一言で表現するならば「陰紋ではないもの」という事が分かりました。それではここからは、「陰紋」とはどういうものなのかを掘り下げていきましょう。

現実には、素人の手書きによる”紋入れ”も存在したはずです。

陰紋とは「ある任意の家紋(日向紋)を輪郭線のみで表現したもの」という事は先に解説したとおりですが、本来、家紋には”日向”だとか”陰”だとかいう概念は存在しませんでした。

おそらくその原点は、長い家紋の歴史の中で(事情はそれぞれ個別にしろ)何度も存在したであろう「取り急ぎ線で描いて間に合わせた」というケースにあったと推測されます。

そういったケースが長きに渡って繰り返されるうちに、アウトラインのみの表現も次第に認知され、「正式」な家紋に対する「略式」の家紋として、徐々に世に浸透していったのではないでしょうか。

この正式と略式という認識は、現代においても受け継がれていますが、正・略関係なく、地色(紋を入れる対象物の色・例えば旗やちょうちんなど)との見た目のバランスの都合で陰紋を用いる場合もあるようです。また、地域によっては女紋としての活用でも知られています。

「目立たない」というポイントを「控え目」の演出に利用。

家紋が誕生し、その利用が始まって以降、必要に応じて利用されていた「線で紋章を表現する」というこの手法ですが、いつの頃からか、正式な紋に対する「陰」の存在と見立てて、元の紋章より「目立たない」という意味合いで捉えられるようになっていったようです。

確かに、図形として面(塗り)という概念のある日向紋よりは、図形の輪郭線のみで表現された陰紋の方が、視覚的に目立たないという考え方には納得のいくものがあります。

現代においては主に、家紋の通常の表現(日向紋)に対して「目立ってはいけない・控えめにしたい」という状況に対応するために利用される表現方法です。

このような、紋を「強調する」のか「控える」のかという価値観は、やがて時と場合に応じて、家紋の正・略を使い分けるという慣習へとつながっていきます。要するに、各ステージに合わせた「格」の高低差を設ける際に、こういった日向・陰の概念が用いられるわけです。

しかし、単純な「陰陽」の2階調のみで、格の高低が決まったわけではありません。以下で解説しましょう。

線の太さの秘密。

と言うのもこの陰紋、実はその種類は一つではなく、輪郭線の太さにより「陰=かげ」「中陰=ちゅうかげ」「細中陰=ほそちゅうかげ」「太陰=ふとかげ」などに分類されるのです。

片喰紋種の中陰・細中陰・太中陰の画像。

なぜ陰紋に太さによる違いが生じたかというと、日向紋に対する”控え目さ”の度合いを設けるためです。

格式が最も高く設定された日向紋が、紋章として最も強調される表現であるため、紋が目立たなくなるほど、格が下がっていくという考え方となります。つまり陰紋の中でも、目立つか・そうでないか(強調の度合い)によって、さらに格の違いが存在しているというわけです。

陰紋同士による家紋の強調の度合いは、輪郭線が太いほど紋が強調されると考えます。つまり格が高くなります。輪郭線が太くなればより日向紋に近くなるという考え方ですね。

実際に格の高い順に各陰紋を並べてみると「太陰→太中陰→中陰→細中陰→陰→細陰」という風になります。したがって一般的には、「細陰」だと普段使いにより近く、「太陰」などになると正礼装により近くなるというわけです。

このような考え方が、最も影響を与える分野といえば、いわゆる「ハレの場」の服飾に携わる業界でしょうか。

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日向紋・陰紋と和の礼装の関係。

ハレの場の装いといえば、古くから日本ではハレ(晴れ)着と呼ばれる事で知られています。

ちなみに西洋由来だと、そのような装いをフォーマル(正礼装、または第一礼装)といい、男性であればモーニングや燕尾服、女性であればイブニングドレスやアフタヌーンドレスなどが挙げられると思います。

西洋風の正礼装であるホワイトタイ・イブニングドレス

これが和装となれば、男性は「紋付羽織袴」、女性であれば「黒留袖」や「振袖」「喪服」などが該当します。たしかにこれらの装いは、正礼装というより、晴れ着の方が通りが良いかもしれません。

和風の正礼装である紋付羽織袴と黒留袖。必ず日向紋が入る。

正礼装以下の格付けである略礼装や普段着となると、女性なら「(場合によっては)色留袖」や「訪問着」「色無地」などの種類があり、男性の場合は、単に素材の違いや「着流し」など羽織をはおらない事などで、装いの格に違いを出します。

色留袖と訪問着。どちらも略礼装と普段着の境目は、陰紋付きであるかどうか。

しかしそういった要素以外にも、和装における「正・略」の格付けに、決定的な影響を与える要素があります。それが家紋および、その視覚表現の違いである「日向・陰」(そして先に解説した「陰」の程度の違い)といった考え方なのです。

それではここで、家紋の付け方の違いによって、和の礼装の格付けにどのような影響をおよぼすのかを具体的に見てみましょう。

日向紋・陰紋による和装の格付けの実際。

和装において、衣装の所定の位置に家紋の入る・入らないは、とても重大な要素で、紋なしであれば衣装の種類を問わず、普段着の扱いとなり、フォーマルな場の衣装としては、全く適さなくなります。

どのような衣装に、どのような家紋の入り方をするかによって(特に女性の場合)、その衣装の格はまちまちではありますが、いわゆる「正礼装(第一礼装)」として扱われるには、まず入れる紋の種類が必ず「日向紋」である事が絶対条件になります。

そして紋の入る位置は、男女ともに後襟・両袖・両胸の5ヶ所で、地色(着物そのものの色)に染め抜かれている必要があります。「五つ紋付き」の日向紋であっても、染め抜きではなく刺繍であれば、正礼装とはみなされません。

さらに言えば、着物の種類や紋の入る数、染め抜きや刺繍にかかわらず「陰紋」が入った時点で、その衣装は全て略礼扱いとされてしまうというわけです。

中陰紋や陰紋が活躍するシーンとは?

とは言え、この正礼装を着用する機会は、現代ではそれほど多くはありません。たとえ個人における一大行事といえる結婚式であっても、正礼装は当事者・もしくはかなり親しい親族のみが着用するのが一般的です。ゲストの立場で着用するものでは普通ありません。

そのため、着物の出番となる「お茶会」や「知り合いの」結婚式などの機会を考えれば、略礼装の方が出番が多くなりがちです。こういった場面では、「陰紋」を色留袖や訪問着に一つでも入れておけば、「略礼装」として扱われるので、陰紋は「しゃれ紋」と呼ばれる事もあるようです。

このように、現代において日向紋や陰紋という概念が最も大きな影響を及ぼすのは、事実上、このお着物の業界だと言える事がわかっていただけたかと思います。

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日向紋・陰紋は、家紋文化が成熟してから重要視されるようになった要素。

ただ、陰紋の存在が高まり見せると共に対をなす日向紋という概念が確立され、格付けの高低に利用されるといった慣習は、常に長い家紋の歴史と共にあったというわけではありません。

日向紋・陰紋に関する慣習が、現在のような形になったのは、当初は武士などの特権階級の文化であった家紋が、一般庶民に広がった江戸時代以降だと考えられます。

日本の一部の階層でしか使用されていなかったものが、全体に広がったわけですから、家紋の需要は急激に膨らむことになります。そうした背景から、家紋文化はその種類を大幅に増やしながら成熟が進み、現在に伝わるような形を整えていったのです。

ちなみに、一般庶民に家紋の使用が広がった背景には、武士などの特権階級以外の名字の「※公称」が認められなくなった事と深く関わりがあります。と言っても話は単純で、家の区別に名字が使えなくなった代わりに、家紋で代用するというムーブメントが起こったというだけの話です。

この頃から庶民の間にも、葬儀や結納などの格式ある行事の衣装に紋を入れる慣習が始まったと言います。

こうして、現在に知られている和服文化の原型が、形作られていったというわけなので、きもの業界に根付いている今日のような「日向・陰」の概念は、長い家紋の歴史を考えれば比較的新しいものだと言えそうです。

※使用が禁じられただけで、庶民に名字がなかったわけでも、取り上げられたわけでもない。

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裏紋と呼ばれる事について。

家紋の正式な形である日向紋を「表」と見立てて、略式の表現である陰紋を「裏紋=うらもん」とするケースも有ります。ただし、陰紋はあくまで裏紋に”含まれ”るということであって、単純に陰紋=裏紋というわけではありません。

本来「裏紋」とは「替え紋」の別称で、替え紋とは「定紋=じょうもん」の代わりに用いる紋の総称です。例えば、主筋から何らかの紋を賜ったり、敵方から奪い取るなどして、一家でいくつもの家紋を保有した場合、その家を代表する家紋として定めたもの「以外の全て」を言い、補助的・または非公式に用いられるものです。

ちなみに、替え紋には「裏紋」の他に「別紋」「控え紋」「副紋」などの呼び名があります。

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本来、正式な紋とはされないものですが…

これまで見て来たように陰紋とは、普通の家紋(日向紋)の視覚的な表現を変えただけのものであるため、本来、家紋の種類としてカウントするべきものではないはずです。

しかし現実には、きもの業界などで用いられる家紋の一覧がまとめられた「紋帖」に、普通の表現の家紋に混じってさまざまな「陰紋」が記載されていたりします。

また、子弟が分家を興す際に受け継ぐ家紋は、本家と混同を避けるために「丸で囲う」など、何らかの変形を施す事がありますが、その変形の手段として(本家や主人に遠慮して控えめにするという意味から)陰紋を用いるというケースがあるようです。

前者の場合ですと、そういった紋帖を資料とした書籍やウェブ上の情報に触れる事で、(少なくとも素人目には)一つの独立した家紋として認識してしまうでしょうし、後者のようなケースですと、分家独立したその家系は代々、陰紋を定紋としていく事になります。

このような現実を踏まえますと、必ずしも日向紋と陰紋の垣根は明確とは言えないのかもしれませんね。